
奈良県五條市は、奈良県の南西部に位置し、大阪府や和歌山県と境を接する南和地域の中心都市である。古くから5つの街道が交わる交通の要衝として栄え、現在も貴重な歴史遺産が数多く残されている。
また、市内を東西に流れる吉野川と、南部に広がる紀伊山地の山々によって特徴的な地形が形成されている。北部から南部にかけての標高差も大きく、変化に富んだ豊かな生態系と美しい景観が息づく地域である。
既存建物は、大正から昭和初期にかけてこの地域で見られた民家の形式を残し、母屋に納屋が増築された構成となっていた。大きな劣化や損傷は見られず、その時々に手を入れながら、長年にわたり大切に住み継がれてきたことがうかがえる古民家であった。
そのような建物の魅力に惹かれた作曲家である施主がこの古民家を譲り受け、ギャラリー、音楽スタジオ、そして一時滞在が可能な場所として再生するリノベーションを行った。
本計画では、長年住み継がれてきた古民家が持つ時間の蓄積と空間の骨格を尊重し、既存建物を大きくつくり変えるのではなく、その特徴を読み取りながら新たな用途を受け入れることを目指した。
母屋に残る柱や梁、建具、屋根架構などは可能な限り活かし、既存の間取りや部屋の連なりを大きく変更することなく、1階をギャラリー、2階を滞在空間として再構成した。納屋についても、既存の架構や空間のスケールを活かしながら音楽スタジオへと転用し、新たに必要となる水回りなどの機能は建物の裏側に集約している。
なかでも、母屋と納屋の間を通る土間は、本計画において重要な空間となった。かつて土間は、外と内、作業と暮らし、家族と来客を緩やかにつなぐ中間的な場所であった。本計画ではその性格を受け継ぎ、単なる通路や玄関ではなく、ギャラリーや音楽スタジオ、外部と内部をつなぎ、人の移動や視線、活動が交差する場所として捉えている。
床レベルの違いや建具の開閉によって、それぞれの空間は独立性を保ちながらも、土間を介して緩やかにつながる。用途の異なる場所が一つの土間を共有することで、建物全体に奥行きと連続性を生み出している。
また、新たに加える壁や設備、照明、造作については、既存の木部や経年した素材と過度に対比させるのではなく、色調や素材感を抑えながら、既存建物の中へ静かに挿入した。一方で、展示、音楽活動、滞在といった現代的な用途に必要となる性能を確保するため、耐震補強や設備の更新を行い、これからも建物を使い続けられる状態へと整えている。
かつて暮らしの場であった古民家に、作品を展示すること、音楽を奏でること、人が滞在することが新たに重なる。それぞれの活動は土間を介して緩やかにつながり、新しい関係を生み出していく。 建物に残された記憶を保存するだけではなく、これまで積み重ねられてきた時間の上に新たな活動を重ねることで、この古民家が再び人と人、人と地域をつなぎながら、これからも使い継がれていく建築となることを目指した。
所在地:奈良県五條市
構造規模:木造 地上2階建て
延床面積:170㎡
竣工:2026年7月
施工:錦天一建設
撮影:松尾勝司

