
以前に京都の嵐山の観光地で、商業施設の設計に携わった時のパースを紹介したい。京都の観光名所付近での設計は、どの地域も景観条例や風致地区の規制が厳しい為、外壁仕上げや屋根形状など細かな指定がされており、そこから建築家独自の表現をする事は、なかなか設計に難儀する。以前のブログにも、今の時代に合う京都について検討していると書いたが、それを実施するトリックみたいなものが、京都には必要になってくる、京都市と時間をかけて交渉する場合や、条例の法文を読み取り理論を構築し、法文の言葉の上では適合していると言い張る交渉テクニックなどあるが、審査して判断を下す機関が京都市なので、なかなか難しい交渉になる。


ただこのせめぎ合いがないと、京都の建築の発展はないと感じる。古い建物をそのまま残し続けるにしても、時は流れている為、永遠に過去のままであると京都民族博物館に住む感覚である。京都の文化の本質としては、古き良きモノを守るのではなく、その時代に合わせた人の振る舞いが醸成された固まりが、建物として残るのではないかと思う。
話によると京都はその土地に3世代が住み続けて初めて京都人として、周りに認識されるそうだが、まだまだ私も京都に来たばかりの、新しい住人である。もっと京都に関する多くの事を体験していければと思う。
京都の商業施設では、景観条例や素材、屋根形状などの制約を負担として捉えるだけでは、地域に根差した建築にはなりにくい。規制が何を守ろうとしているのかを読み解き、その背景を現代の使い方へ翻訳することで、新しい表現の余地が見えてくる。
観光地では目立つことが商業的な価値になりやすい一方、街並み全体の連続性も重要である。建築単体の個性と地域の風景の双方を成立させることが、京都で商業建築を設計する際の難しさであり、同時に面白さでもある。